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認知症予防コラム

日本の認知症予防の最前線:「耳のケア」が分岐点になる理由

2026年03月06日

認知症は「宿命」ではなく「管理」できる現実へ

かつて、認知症は「加齢に伴う不回避な宿命」と考えられてきました。しかし現在では、「管理可能な疾患」へと認識が変わっています。まだまだあまり知られていませんので、多くの方に、この希望の持てる事実を伝えていきます。2026年1月に発表された東海大学医学部他の研究では、日本の認知症における「防げるリスク」の割合は38.9%と推計されました。約4割という「管理・介入の余地」は、私たちにとって大きな希望になります。適切な対策により、認知症の発症を遅らせたり、予防したりすることが十分に可能だということだからです。

日本における三大リスク:難聴・運動不足・高コレステロール

東海大学の推計は、日本の国民健康・栄養調査など、疫学データをもとに精密に計算された結果です。日本におけるPAF(集団寄与危険割合)、すなわち「その要因を排除すれば理論上どれだけ発症を減らせるか」という指標が示されました。興味深いことに、この結果は、私たちが一般的に想像する「認知症の主な原因の順位」とは異なっています。そのトップ3が以下の通りです。

  • 難聴(PAF 6.7%):脳への情報減少が社会的孤立を招き、認知機能の脆弱化につながります。
  • 運動不足(PAF 6.0%): 運動は、身体機能の維持のみならず、脳血流の改善と神経保護作用に貢献します。
  • 高LDLコレステロール(PAF 4.5%): 血管系リスクを介して脳の健康を脅かします。

日本において最大の単独リスク因子が難聴であるという点は新しい見解であり、「運動不足の改善」や「コレステロール値を下げる」ことと同等、もしくはそれ以上に「耳のケア」が重要だといいえるでしょう。

なぜ難聴が認知症の最大リスクなのか

難聴という症状は、アルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβの蓄積に直接的に関与するものではありません。では、なぜ難聴が認知症に及ぼす影響がこれほど大きいのでしょうか。その理由として、2つのメカニズムが考えられます。

1つ目は、社会的孤立への連鎖です。聞こえが悪くなることにより聞き返しが増えます。相手に迷惑をかけていると感じてしまうことから、人とのコミュニケーションがおっくうになり始めます。ここから、周囲の会話に注意を向けることが少なくなり、人と会う機会が減り、やがて社会的孤立につながります。

社会的孤立は認知症の発症リスクを高めることが、多くの研究で示されています。つまり、難聴は単なる「聞こえの問題」ではなく、心理的・社会的な悪循環の入口になってしまうのです。「最近、親が何度も同じことを聞いてくる」「家族の集まりで親が会話に参加しなくなった」というケースをよく耳にしますが、難聴が原因かもしれません。

2つ目は、脳の神経ネットワークの衰退です。耳から入った情報が脳の聴覚野に届くまでに、6つの部位を経由しています。この複雑で広範囲な神経ネットワークを使うことで、脳の多くの領域が、常に聴覚刺激によって活性化されていることになります。脳画像検査でも、音を聞いているときには、聴覚野だけでなく、記憶や感情、判断に関わる多くの脳領域が同時に活動していることが確認されています。しかし、聞こえが悪くなることで、これらのネットワークが使われなくなると、複雑な回路は徐々に衰退していきます。神経科学の原則「使わない機能は衰える」が、ここで働きます。つまり、難聴により聴覚刺激が脳に届かなくなると、脳の高次機能を支えていた神経回路の活動が低下し、認知機能の低下につながると考えられます。

つまり、聴覚刺激を脳に届け続けることが、脳の高次機能を維持することに繋がる可能性があります。

「少し聞こえにくい」でも、リスクを跳ね上げる

ここで、米国ジョンズ・ホプキンス大学のフランク・リン博士らによる追跡調査(2011年)を紹介します。この研究は、難聴と認知症の関係を明確に示す証拠となりました。

研究チームが639人の研究参加者を12年間にわたって追跡した結果、聴力が低下するほど、認知症の発症リスクが上昇することが示されました。

・ 軽度難聴: リスクが健康な人の約2倍

・ 中等度難聴: リスクが健康な人の約3倍

・ 高度難聴: リスクが健康な人の約5倍

ここで重要なのは、2倍のリスクとなる「軽度難聴」が、日常の静かな場所での会話には困らない程度のレベルだということです。自分ではまだ大丈夫だと思っているレベルでも、脳への影響が始まっていることになります。難聴と認知症の関係は過小評価できないのでは・・・・と思える研究です。

「最近、テレビやスマホの音を大きくしがち」「人混みでの会話が聞き取りにくい」など、少しの違和感を感じた時が、警告信号かもしれません。ここでそのまま見過ごすか、危険サインに向き合うかが分かれ道になるでしょう。

「聞こえを良くする道具」=「脳を守る医療機器」

最後の研究紹介は、耳の聞こえを補助したらどうなるのか、という疑問に答えを出した米国の「ACHIEVE研究」です。

認知機能低下リスクを多く持ち、難聴のある高齢者が、補聴器を適切に使用したところ、思考力や記憶力の低下が48%も抑制されました。認知機能の低下が半減するという効果が得られ、補聴器が聞こえを良くするだけでなく、直接的に「脳を守る手段」であることがよく分かる研究です。

難聴の「気づきにくさ」をどうとらえるか

難聴は徐々に進行するため、自分では気づきにくいものです。生活の中では家族などの身近な人が最初に違和感を覚え、時折関わる人も「おや?」と感じるかもしれません。そしてご本人が聞こえづらさに気づくのは最後かもしれません。「耳の聞こえ」は主観的なものなので、気づきにくさが大きな壁になります。自覚症状がなく、ご本人が受け入れられていない段階であっても、脳への影響が始まり、それが認知症へ進行していくことを考えると、大切な人を難聴から守るためにできることは何でしょうか。

「一緒に」と伝えて

大切な人が聞こえにくくなっていることに気付いたら、是非次のステップをご検討ください。

家族に難聴を伝える際の大切なポイントは、「責める」のではなく、「一緒に向き合う」という姿勢です。聞こえにくくなっていることを伝え、「もっとあなたと会話をしたいから」等、ポジティブな姿勢が望まれます。一緒に補聴器を選びに行くこともよいでしょう。

最近はイヤホンを常用する方が増え、耳に器具を装着していても目立たないようになりました。また、補聴器自体も様々な種類が販売されており、ごく小さな目立たないものやスタイリッシュなものもあります。

補聴器は高額な器具ですが、多くの自治体が、聞こえの補助を実施しています。お住まいの自治体でご確認ください。補聴器購入時の助成制度や、医療費控除の対象になる場合もあります。自治体によっては、健康診断で聴力検査を受けられることもあります。

耳の日を分岐点に

耳の聞こえについて向き合い、早期に対策をすることが、「最初の一歩であり、いちばん大事な一歩」になることでしょう。私たちが目指すのは、その人らしさを取り戻してもらうことです。

認知症予防は、特別な努力ではなく、日常生活の中での小さな選択の積み重ねです。大切な人だけでなく、是非ご自身の耳のケアも、年に一度「耳の日(3月3日)」をきっかけに向き合ってみてはいかがでしょうか。

 

出展:

・日本における認知症予防の可能性-認知症の約4割は「予防」可能- ~主要因子は「難聴」、次いで「運動不足」。危険因子10%の低減で20万人の発症抑制へ~東海大学

・ACHIEVE Study Results Published, Presented. Cochlear Center for Hearing and Public Health. (2024).

・脳科学辞典

・Lin FR, et al. Arch Neurol. 68 (2011) 214-220

・Lin FR, et al. Lancet 402 (2023) 786-797