検査できる病院を探す

認知症予防コラム

認知症の発症は「5年」遅らせる!『散歩+しりとり』で始める、脳のアンチエイジング

2025年09月19日

発症したら治療が困難である認知症ですが、「発症のタイミングを、少しだけ後ろにずらす」。それだけで、私たちの未来は劇的に変わる可能性があるのです。実際、「もし認知症の発症を5年先送りにできれば、生涯の有病率(認知症になる人の割合)は半分にまで減少する」といわれています。。

でも、「発症のタイミングを、少しだけ後ろにずらす」ということが可能なのでしょうか?その鍵は、日々の生活の中で誰でも簡単に始められる、ちょっとした「脳の使い方」の工夫にありました。

このコラムでは、認知症の発症を遅らせるための強力で楽しい手段の一つである「デュアルタスク(二重の課題)」、すなわち『散歩+しりとり』に代表されるような「ながら運動」の効果と、その具体的な実践法を提案します。

なぜ「5年の先送り」が未来を変えるのか? ― 認知症と寿命の深い関係

まず、「発症を5年遅らせるだけで、有病率が半分になる」という言葉の背景には、認知症、特に高齢期に発症する認知症の最大の危険因子が「加齢」であるという事実があります。

「認知症の年齢層別有病率」に関する調査結果によると、認知症になる人の割合は、70歳を過ぎると5歳年齢を重ねるごとにほぼ倍々で増えていくとのことです。80歳を超えると20%(5人に1人)、85歳を超えると40%へと、雪だるま式に増加していくのがわかります。

ですが、生活習慣の改善によって、認知症の発症を80歳でから85歳まで遅らせることができたとします。85歳での有病率は80歳時点の約2倍です。しかし、発症を5年遅らせたことで、その分、認知症でない健康な期間を5年間長く享受できたことになります。

「発症を遅らせる」ということは、単に症状が出るのを先延ばしにするだけではなく、健康で自立した「人生の活動期間」そのものを延長させることも意味します。そして、その期間が長くなればなるほど、生涯を通じて認知症と無縁でいられる可能性が高まることになります。

脳を若々しく保つ鍵「デュアルタスク」とは何か?

では、どうすれば認知症の発症を遅らせることができるのでしょうか。その答えの一つが、近年、認知症予防の分野で非常に注目されている「デュアルタスク(Dual Task)」という考え方です。

デュアルタスクとは、その名の通り「二重の課題」、つまり「二つの異なる課題を同時に行うこと」を指します。最も代表的なのが、「運動」と「知的活動(頭を使うこと)」の組み合わせです。

なぜ「ながら運動」が脳に効くのか?

これまで、運動(特にウォーキングなどの有酸素運動)が脳に良い影響を与えることはよく知られていました。運動は脳の血流を増やし、神経細胞の栄養となる物質(BDNF:脳由来神経栄養因子)の分泌を促すといわれています。

そのウォーキングに「計算」や「しりとり」といった知的課題を組み合わせると、脳の特定の領域、特に記憶を司る「海馬」の萎縮が抑制され、認知機能が向上するという驚くべき結果が報告されています。

これはなぜでしょうか。歩くという行為は、私たちが思う以上に複雑な脳の働きを必要とします。バランスを取り、障害物を避け、周囲の状況を判断する。これだけでも脳は活動しています。そこに、計算やしりとりといった、まったく別の種類の知的課題が加わると、脳は同時に複数の回路を駆使しなければならなくなります。

この「脳のマルチタスク」状態により、脳の前頭前野(思考や創造性を司る司令塔)が強力に活性化されて神経ネットワークを強化され、脳全体の予備能力である認知予備能が高められると考えられます。

海外の研究では、チェスやトランプ、楽器演奏やダンスといった、頭と体(あるいは指先)を同時に使う趣味を持つ高齢者は、認知症の発症率が低いといわれています。これらの活動に共通するのは、すべてがデュアルタスクの要素を含んでいる、という点です。

さあ、始めよう! 日常生活を「脳トレジム」に変える実践ガイド

デュアルタスクの理論はわかった。では、具体的に何をすればいいのか? 難しく考える必要はまったくありません。あなたの日常生活の中に、楽しみながら簡単に取り入れられるヒントは無数に存在します。

今日からできる「お散歩デュアルタスク」メニュー

  • 初級編:計算ウォーキング
    歩きながら、簡単な計算をしてみましょう。「100から7を順番に引いていく(100, 93, 86…)」といった引き算は、ワーキングメモリを鍛えるのに適しているといわれています。
  • 中級編:しりとりウォーキング
    一人でも、家族や友人と一緒でも楽しめます。「食べ物の名前だけ」「国や都市の名前だけ」といった縛りを加えるとさらに難易度が上がります。言葉を思い出すという行為は、脳の側頭葉を刺激するといわれています
  • 上級編:テーマ別・連想ウォーキング
    例えば、「『あ』から始まる言葉を、できるだけたくさん思い出しながら歩く」「すれ違う車のナンバープレートの数字を足し算する」など、自分でルールを作って挑戦してみましょう。散歩のルートを変えて、「今日は桜がきれいだから、あの道を歩いてみよう」と考えながら歩くこと自体も、立派なデュアルアルタスクです。

デュアルタスクは散歩以外でも

散歩の時間だけがトレーニングではありません。料理のようにレシピを見ながら、複数の調理工程を同時に進める料理も高度なデュアルタスクといえるでしょう。段取りを考え、時間を計り、手を動かす。この一連の作業は、実行機能を司る前頭前野をフル活用します。

結論:「楽しい」こそが、最強の脳のアンチエイジング

認知症予防と聞くと、私たちはつい、禁欲的で、我慢を強いるような、苦しいトレーニングを想像してしまいがちです。しかし、デュアルタスクの素晴らしいところは、それが「楽しい」活動の中にこそ見出される、という点です。

大切なのは、「やらなければ」という義務感ではなく、「やってみよう」という好奇心です。

認知症の発症を「5年」遅らせる。この希望に満ちた目標は、決して夢物語ではありません。それは、あなたの日々の生活の中にある、小さな「楽しみ」と「工夫」の積み重ねの先に、確かに存在する未来なのです。

さあ、今日から始めてみませんか? まずは、いつもの散歩道で、空を見上げながら、目についたものの名前でしりとりをしてみる。その小さな一歩が、あなたの脳を若々しく保ち、輝かしい未来へと続く、最も確かな道となることでしょう。

 

参考資料

認知症年齢別有病率の推移等について

運動が支える脳の健康

コグニサイズ

人生100年時代、認知症の予防と対策

Wu. Z. et a,. JAMA Netw Open 6 (2023) e2323690

『知っておきたい循環器病あれこれ』122