高血圧を制する者は、認知症を制す。「心臓に良いことは、脳にも良い」
2025年08月22日
「少し血圧が高いですね。塩分を控えて、運動しましょう」
40代、50代になると、健康診断で医師からこう告げられる方が急に増えてくるでしょう。
これまで、高血圧の放置による悪影響といえば、「脳卒中」や「心筋梗塞」といった、ある日突然命を脅かすような深刻な病だったかもしれません。
一方、認知症については
「認知症は、脳の神経細胞が勝手に死んでいく、避けようのない難病だ」
「高血圧は血管の病気、認知症は脳の病気。別問題だろう」
ほんの十数年前まで、医療の専門家の間でさえ、こうした考え方が主流でした。しかし、近年の目覚ましい研究の進歩により、アルツハイマー型認知症を含む認知症の発症や進行に、「血管の健康状態」、とりわけ「高血圧」が深く関わっていることが、次々と科学的に証明されてきました。
このコラムでは、もはや他人事ではない「高血圧」と、誰もが避けたいと願う「認知症」の間の深い関係性を解き明かし、日々の血圧管理が、未来の「脳の健康」を守ることにつながることをお伝えします。
目次
人は血管とともに老いる」― 脳の病気としての高血圧
私たちの体には、くまなく血管が張り巡らされています。そのすべてをつなぎ合わせると、約10万キロメートル、地球を2周半もする長さになると言われています。そして、その血管ネットワークの中で、最も繊細で、最も大量の血液を必要とする臓器こそが「脳」なのです。脳は体重のわずか2.5%ほどの重さしかありませんが、心臓が送り出す血液の実に20%をも消費する、いわば大食漢の臓器です。このため、血管の健康が脳の健康に直結することになってしまいます。
二大認知症と「血管」の深い関係
認知症の二大巨頭は「アルツハイマー型認知症」と「血管性認知症」です。
- 血管性認知症: こちらは文字通り、血管の病気が原因です。高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病によって動脈硬化が進行し、脳の血管が詰まったり(脳梗塞)、破れたり(脳出血)することで、神経細胞にダメージが及び、認知機能が低下します。脳に無数の小さな梗塞ができてまだら状に機能が落ちる「まだら認知症」などもこの一種です。原因は脳卒中と同じく、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙などです。
- アルツハイマー型認知症: 一方、アルツハイマー型認知症は、脳に「アミロイドβ」という特殊なタンパク質のゴミが溜まることで神経細胞が死んでいく「神経変性疾患」とされ、長らく血管の問題とは切り離して考えられてきました。しかし、アルツハイマー型認知症患者の4割の方に脳血管の異常がみられたという報告もあります。つまり、アルツハイマー型認知症と血管の問題は無関係ではなさそうだ・・・といえるでしょう。
生活習慣病の管理が認知機能の低下につながる
この関係性を裏付ける研究結果があります。
フランスのリール大学で行われた、アルツハイマー型認知症患者を対象とした研究では、高血圧や糖尿病などの生活習慣病を持つアルツハイマー型認知症患者を3つのグループに分け、2年半の認知機能の推移を比較しました。
①生活習慣病をまったく管理しなかった人々
②ある程度管理した人々
③すべて管理した人々
その結果、
③のすべて管理した人々は、認知機能の低下がほぼ横ばいで、自立した生活を維持できていました。それに対し、①のまったく管理しなかった人々は、認知機能が急激に低下し、2年半で人の助けがなければ生活できないレベルにまで悪化してしまいました。
すなわち、「難病」と考えられていたアルツハイマー型認知症の進行のスピードは、高血圧をはじめとする生活習慣病の管理にかかっている、といえるでしょう。高血圧を治療することが、アルツハイマー型認知症の進行を食い止める強力な武器になる。この発見は、世界中の認知症治療に大きな希望の光となるでしょう。
血圧管理は究極の脳トレ ~ 認知症を防ぐための実践的アプローチ
幸いなことに、高血圧を管理し、血管を健康に保つ方法はすでによく知られています。そして、そのどれもが、認知症予防につながっていきます。
最大の敵「塩分」のコントロール
日本人が高血圧になりやすい最大の原因は、世界的に見ても突出して多い「食塩の摂取量」です。塩分の摂りすぎは、血液の浸透圧を高め、体内に水分を溜め込み、血液量を増やして血圧を上昇させます。
- 目標は1日6g未満:日本高血圧学会では、1日の食塩摂取量を6g未満にすることを推奨しています。しかし、日本人の平均摂取量は約10g(2022年)。このギャップは非常に大きいのが現実です。
- 「減塩」から「適塩(かるしお)」へ:「減塩は美味しくない」というイメージが、実践を阻む大きな壁です。しかし、国立循環器病研究センターが提唱する「かるしお」の考え方は、「減らす」のではなく「工夫する」ことにあります。出汁の旨味、香辛料の香り、香味野菜の風味、お酢や柑橘類の酸味などを上手に使うことで、塩分を減らしても料理を格段に美味しくすることができます。味噌汁は具沢山にして汁を減らす、麺類のスープは飲まない、漬物や加工食品を控える。そうした小さな工夫の積み重ねが、あなたの血管を守ることにつながります。
血管を鍛える「運動」の習慣
適度な運動は、血管そのものをしなやかにし、血圧を下げる効果があります。特にウォーキングなどの有酸素運動は、血行を促進し、心肺機能を高め、体重管理にも役立ちます。さらに一歩進んで、歩きながら計算をしたり、しりとりをしたりする「デュアルタスク(二重の課題)」を取り入れれば、身体機能と脳機能の両方に良い刺激を与えることができ、認知症予防効果はさらに高まると考えられます。
禁煙 ― 血管を傷つける最悪の習慣からの決別
喫煙は、血管の内皮細胞を傷つけ、動脈硬化を促進する最悪の生活習慣です。血圧を直接上昇させるだけでなく、血管の弾力性を失わせ、血液をドロドロにします。高血圧と喫煙という二つのリスクが重なると、循環器病のリスクは爆発的に高まります。
イギリスが国を挙げて認知症を減少させることに成功した背景には、タバコの価格を1箱1000円以上に引き上げるなど、徹底した禁煙政策がありました。禁煙は、心臓と脳を守るために重要であるといえるでしょう。自力での禁煙が難しい場合は、禁煙外来などで専門家の助けを借りることもよいでしょう。
結論:あなたの血圧計の数値は、未来の脳の健康を示す“羅針盤”
これまで、血圧の数値を気にすることは、主に心臓や脳卒中への不安からだったかもしれません。しかし、あなたの家の血圧計が示す数値は、10年後、20年後のあなたの「脳の明晰さ」を占う、未来への羅針盤といえるでしょう。
血圧をコントロールすることは、単に病気を予防するだけではありません。それは、あなたの人生の質そのものを守り、輝かしい未来をその手で創り上げていく、力強い第一歩となることでしょう。
参考